私が机でボーッとしていると、局長に呼ばれ、「暇なら映画でも見てきたら」と云われる。彼は彼で競馬の血統書年鑑で、競走馬の血筋を探っている。
「このごろは、何の映画がいい?」
「はい、深作欣二の『仁義なき戦い』でしょうか。『アルジェの戦い』(ジッロ・ポンテコルヴォ監督)に負けない、テンポの良さと迫真のリアリティがあります。菅原文太も任侠物よりいいんじゃないでしょうか」
「ふーん、君がそう言うのなら、観てみようか。『ラストタンゴ・イン・パリ』(ベルナルド・ベルトリッチ監督)は観たの?」
「はい、マーロン・ブランドが非常に落ちぶれた中年男役で、ちょっと情けない。彼はやはり『革命児サパタ』(エリア・カザン監督)や『波止場』(同)のテリーみたいな、微動だにしない男らしい役が合っています」
「去年の、『ゴッドファーザー』(フランシス・F・コッポラ監督)は良かったよね」
「はい、新旧交代映画ですね。マーロンは脇にひいて、新人アル・パチーノを世に送り出した映画です。ニーノ・ロータの音楽が作品の出来を高めてました」
「ところで、日活が心機一転がんばっている、ロマンポルノは観たことあるの」
「いえ、ポルノはありません」
「うん、じゃあ観ておいで、観たらレポートを書いて出して、今日はもう直帰でいいから」
半世紀ほど前はこんな時代である。局長命令であるから、先輩方にロマンポルノを観てきますと挨拶して社を辞した。
ポルノは観たことはなかったが、小学校時代からピンク映画は観ていた。主に新東宝。田舎町の寺町の入口にある東洋劇場へよく行った。二階席はまだ桟敷で、靴を脱いで持って上がった。仕事をさぼっている兄さんたちが大の字に寝て、鼾(いびき)をかいていた。子供心に池内淳子、三ツ矢歌子、三原葉子の作品が好きだった。高校時代もやはり新東宝の新高恵子、内田高子物を観ていた。この行状で学校の成績はみるみる下がっていった。
日活はちょうど『四畳半襖の裏張り』(神代辰巳監督)をやっていた。神代は佐賀の人間で九大医学部中退、会社がポルノに移行するということで、他の監督たちは日活を辞めていったが、彼は動かなかった。撮影監督に姫田真佐久が付いていた。今村昌平組で、春川ますみの『赤い殺意』や、吉村実子の『豚と軍艦』、左幸子の『にっぽん昆虫記』などを煤けたように撮っており、期待が持てた。
原作は金阜山人こと永井荷風先生で、『四畳半襖の下張』が小説の題、神代は少し変えて「裏張り」としている。主演は宮下順子と云い、まだあまりよく知られていない女優さんだった。お客と芸者袖子との閨房小説で、一夜の睦み事を描いている。お客役は忘れたが、袖子を演じる宮下の﨟長けた物腰が印象的であった。宮下の演技力もさることながら、神代監督の演出力に負うところが大きい。この作品を見ながら、ポルノとは羞恥を描くことなのだと感じ入った。
局長へのレポートは「ポルノとは羞恥なり」として提出した。仕事時間中にポルノ映画に行かせるとは、日本もまだいい時代だった。
中洲次郎=文
text:Jiro Nakasu
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)
新刊『団塊ボーイの東京』(矢野寛治・弦書房)
◎「西日本新聞 TNC文化サークル」にて
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やましたやすよし=イラスト
Illustration:Yasuyoshi Yamashita