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 ハットをかざして 第164話 魔都東京

ハットをかざして 第164話 魔都東京


 ハットをかざして 第164話

 1973年2月だった。

 状況劇場が後楽園ホールを借り切ってこれまでの劇中歌をすべて披露するという。題して「唐十郎、四角いジャングルで唄う」、これは行かねばならない。クリエイティブ局でバイトしている女子大生を誘った。彼女が私に好意を持っていることを知っていたからだ。

 案の定、付いてきた。

 学生時代から魔都東京でさまよっている私はこの劇団に癒され救いを求めていた。見終わると心身ともに蘇っていたのだ。いつもはボクシングの試合をやっているホールである。行くと、リング脇の一等席に緑魔子、石橋蓮司夫妻が陣取っていた。

 「ジョン・シルバー」の劇中歌、「よいこらさあ」から入った。75人で船出して、帰ってきたのは只ひとり、状況劇場男性コーラス部総出の熱唱激唱である。どこか面白半分でふざけている。作曲はかの山下洋輔であるから、テンポと元気がいい、聴いていると血湧き肉が踊りだす。

 「弟よ、君死に給ふことなかれ」である。元の詩はもちろん与謝野晶子であるが、この意を十二分に解して、女一人も泣かさずに、なんで男が花と散ると唐十郎が書き上げた。「腰巻お仙 振袖火事の巻」の劇中歌である。私もまだ女の胸でゆで上げたケツネうどんを食べたことがなかった。早い友らは中高時代で食べていたというのに。晩稲というより、度胸のなさがそうさせたのだ。理性なんていうものは、つねに肉体の前にひれ伏すものだ。

 父が常に言っていた、「一度関係したら、その女を嫁にしろ」、ずっとずっと言われ続けていた。厳命である。この言葉が私の心の枷となり、土壇場で女性の前からコソコソと尻尾を巻いて逃げ出していた。いつも「意気地がないのね」の声が背で聞こえた。恥多い青年時代である。

 同伴のバイト嬢はベージュのハイウエストのバギーパンツを履いている。靴は船底のコルクである。トレンチコートの下はタイトなグリーンのタートルネックを着ており、ボディラインを強調していた。すごい音響であるから、会話もままならない。状況劇場を初めて観るのか、彼女の瞳はキラキラと輝き、体は音楽にのって蠢き興奮していた。

 魔都の夜、今夜そういう状況になるかもしれないという淡い予感が走った。

 「夜鷹ソング」が始まった。「由比正雪」の劇中歌である。唐他劇団員、まるで酔っ払っているかのように、支離滅裂に唄う。パヤッパヤッパヤと乗りがよく、彼女ものっている。オカマの姉妹の唄であるから、新宿ゴールデン街入口に屯する厚化粧の御姐さん方を思い出す。

 はねてから、ラム酒でも飲まして、ねんごろになろうかという邪念もよぎったが、私の理性は哀しいかな肉体に勝るのである。家は荻窪だというので、吉祥寺への帰り道と家の前まで送って別れた。

 「しがねえぇ姿の、とんだ送りヒツジかぁ…」と、ひとり自嘲気味に嗤った魔都東京の夜だった。


中洲次郎

昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)
新刊『団塊ボーイの東京』(矢野寛治・弦書房)

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