本サイトはプロモーションが含まれています。

ハットをかざして 第161話 夜明けの奥様

ハットをかざして 第161話 夜明けの奥様


ハットをかざして 第161話 夜明けの奥様

 入社したころから、一人の先輩を見つめていた。小倉生まれと聞いていたから、勝手に親近感をもって寄って行った。他とちがい、クリエイターにしては、つねに濃紺のスーツとネクタイを着用していた。机の上には「手塚治虫」の漫画集がうず高く積まれている。難しいマーケティング論とか、アメリカン・クリエイティブ論とか、アドバタイジングとか云った書籍は置かれていなかった。

 営業職に人気があり、仕事は引く手あまただ。局長は断っているのだが、営業たちは勝手に先輩に頼みに来る。他に暇そうにしている人もいるのに、先輩に頼みに来る。なぜ、Mさんにばかり頼むのかと、可愛がってくれている営業の先輩に聞いてみた。

 「うん、仕事は忙しい奴に頼むもんだよ、頭がいつもフル回転しているから、業種が違っても、いい仕事をする。とくにMさんはヒューマンないい仕事をする」

 またMさんのところへ、他局の営業が頼みに行っていた。営業は三拝四拝している、ついには営業部長が登場して、やってくれとお願いされている。結果、断り切れずに受けている。

 「中洲さん、いま仕事、空いてる?」

 とM先輩から声が掛かった。

 「1、2社、一緒にやってくれないか、ボクがディレクションするから、いいかい」

 若輩の私に一も二もない、先輩と仕事できるだけで幸せである。発想の仕方、コンセプトの作り方、表現の選択定着のさせ方、全体の仕事の進め方をすべて盗みたかった。

 「じゃあ、まだ三つ四つ打ち合わせがあるから、十二時くらいからやろう。どこか会議室を押えといて。あと、これが営業からのオリエンシート、読んでおいて」

 まだ昼下がりである、十二時というのは深夜の十二時である。それまで何案か物にしようと、シートを読み、商品のスペックを頭に入れ、ターゲットを考えてみることにした。同期からMさんに声を掛けられるとは羨ましいなぁと声が掛かった。局長が遠くでニッコリ頷いている。

 深夜十二時、会議室で待機していると、営業がマクドナルドのハンバーガーほか夜食を買ってきた。銀座に日本1号店が開業していた頃である。先輩は私の案を見ながら、「捨てなくていいから、もっと、新しさ、珍しさ、面白さをいれてごらん」と云われた。営業、デザイナーを入れて口角泡を飛ばして喋り合う。こちらも負けてはいられない。営業もクライアント側のニーズを入れてもらおうと必死に喋る。まるで青臭い書生論議である。久々に学生下宿時代の先輩たちとのケンカ腰の議論を思い出した。

 明け方、三方向のアイデアが決まった。顔の脂汗を拭いていると、突然、会議室のドアが開き、ボブヘアーの女性が入って来た。先輩の奥様とのことだった。ワイシャツと下着一式、靴下、ハンカチ、すべて渡すと「じゃ、がんばって」と云って、お尻フリフリ帰っていった。

 徹夜明けの朝、必ず奥様は下着を届けに現れるとの事だった。


中洲次郎=文
text:Jiro Nakasu

昭和23年、大分県中津市生まれ。文
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

◎「西日本新聞 TNC文化サークル」にて
 ①4月よりの新教室、「福岡でロケされた映画・研究」只今募集中!
 ②エッセイ教室、「自分の人生書いてみましょう」只今募集中!
 詳しくは ☎092・721・3200 ご見学いつでもOKです!

やましたやすよし=イラスト
Illustration:Yasuyoshi Yamashita

関連するキーワード


ハットをかざして

最新の投稿


予算5,000円で男性が喜ぶ!家電プレゼント厳選10選【2025年最新】

予算5,000円で男性が喜ぶ!家電プレゼント厳選10選【2025年最新】

「男性へのプレゼント、何を贈れば喜ばれるだろう?」 そんなお悩みを抱えていませんか?特に家電は、こだわりを持つ男性も多く、ブランドや機能性を考えると予算5,000円では難しいと感じるかもしれません。 この記事では、予算5,000円程度で購入できる、男性が喜ぶ高コスパ家電を厳選してご紹介します。ビジネスシーンで活躍する便利なガジェットから、プライベートを充実させる実用的な日用家電まで、人気ブランドから選び抜かれた10商品をピックアップしました。 どの商品も使い勝手にこだわり抜かれたものばかり。誕生日や記念日、ちょっとしたお礼など、様々なシーンで喜ばれること間違いなしです!


50代のアイメイク完全ガイド|老け顔に見えないメイクのコツと厳選アイテム7選[2025年版]

50代のアイメイク完全ガイド|老け顔に見えないメイクのコツと厳選アイテム7選[2025年版]

50代になると、まぶたのたるみ・くすみ・シワなど、目元の変化の悩みが増えてきがち。「若い頃と同じアイメイクをしていたら、かえって老けて見える…」そんなお悩みを抱えていませんか? 実は50代のアイメイクには、年齢に合わせたやり方とアイテム選びが重要です。間違ったメイク方法では、目元が重たく見えたり、表情が暗く見えてしまう原因にも。本記事では、「50代でも老け顔に見せない」ためのアイメイクのコツをわかりやすく解説しつつ、アイブロウ・アイシャドウ・アイライナーなど、50代におすすめの厳選アイテムを紹介します。正しいテクニックとアイテム選びで、若々しく上品な印象の目元を手に入れましょう。


ぐらんざ2025年8月号プレゼント

ぐらんざ2025年8月号プレゼント

応募締切:2025年8月20日(水)




発行元:株式会社西日本新聞社 ※西日本新聞社の企業情報はこちら