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ハットをかざして 第71話 

ハットをかざして 第71話 

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


雲の上の麻布台

私の行った大学は三菱大学と呼ばれていた。
44年前、すでにマイカー通学の者が多く、ほとんどが三菱の車だった。それ以外といえば、多くが外車だった。シボレー、アルファロメオ、ジャグワー、フォルクスワーゲン、BMW、お尻のさがったシトロエンが多かった。おおむね三菱グループの大幹部の息子たちで、国産は本家の子に多く、外車は権妻の子たちに多かった。

多くは付属から上がってきた者たちで、我々地方上京組とは髪型も服装も雲泥の差、「お坊ちゃん」と云う感じで小じゃれていた。

有名作家の子たちもいて、「チャタレイ夫人裁判」で有名なS・Iの子や、日本の自然主義文学の泰斗T・Sの孫や、経団連会長の息子等もいた。

地方上京組が遊ぶのは主に吉祥寺か新宿であるが、彼らは霞町や龍土町であった。今、この地名はない。いわゆで気品があった。彼らは車を店の前に止めて、自分の車を見ながらお茶をする。まるでフランス映画の世界だ。六本木に出て、「ニコラス」のピザを食べ、時には「ハンバーガー・イン」でホットドッグを食べる。夜になれば、「マックスホール」と云うJAZZライブの店でバーボンを飲む。時々、笠井紀美子が唄っていた。

仲間のTが家が近いから寄っていけと云う。

麻布台の豪邸で、門柱から玄関までがロータリーになっている。玄関のたたきは六畳ほどの広さがあり、廊下は一間の幅があった。彼の部屋は渡り廊下を行った離れのような洋間で、ソファーは糊の利いた白いカバーで包まれていた。彼は部屋を出て行き、すぐにオールドパーとジョニーウォーカー黒の新瓶を抱えて戻ってきた。若いお手伝いさんがグラスと氷と水と、生ハムとアスパラガスをカートで運んで来た。我々仕送りで生きている学生は、サントリーのレッドを飲むのが精一杯で、時に髭のニッカか、サントリーホワイトの時代である。いつか世に出て偉くなったら、サントリーオールドを飲みたいとも思っていた。今でこそパーもジョニ黒も安い酒になってしまったが、当時はとんでもない高級な酒で、学生の分際で飲めるような代物ではなかった。

「夏休みはどうするの?」 「九州へ帰る」
「いいなぁ、九州か、行ってみたいな」
「君は?」「ドイツへ行く、父の知り合いの貴族の家に。敷地の中に馬場がある、馬術の稽古をしてくるよ」
と自然に言った。

威張るとか、見栄を張るとか、そんな風情はない。Tは当たり前の夏休みを言っただけである。よって当方も、嫉妬とか負けん気とか一切生まれず、ただあまりに雲の上すぎて適わないと思っただけである。東京の学校に来てよかったことは、このとんでもない身分の連中に会えたことである。その暮らしを目のあたりにしたことである。

ゲストルームもあるから泊まっていけと云われたが、さわやかな気持ちで辞去した。坂を下り、都電に乗った。満月が出ていた。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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