本サイトはプロモーションが含まれています。

ハットをかざして 第111話

ハットをかざして 第111話

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


社長面接の日が来た。

丸井で月賦で買った鉄紺の背広上下に身を包む。今日で全てが終わるためである。吉祥寺駅から中央線の快速に乗る。専務面接の時は神田駅から錦町を辿ったが、今回は御茶ノ水駅で降り、駿河台を下った。明治大学があり、中央大学がある。二年前、ここは日本のカルチェ・ラタンだった。ノンポリの私はこの緩やかな坂を「フランシーヌの場合」を口ずさみながら下った。当時、新谷のり子の大ヒット曲だった。

午後2時の約束、30分早くロビーへ着く。人事課長が待っており、回りの席に数人の学生が待機していた。「今、順に面接をしています。中洲さんは多分2時半位になるでしょう」と告げる。青二才の学生に「さん」を付ける、マナーの良い会社だ。1時間もあるので、30分ほど散歩の許可を取り、再び往来へ出た。すずらん通りと云う瀟洒な商店街があった。

通りに面して、法律書の有斐閣、童話の冨山房、辞書の東京堂という出版社が軒を並べていた。
すずらん通りを端まで行き、ターンして2時10分にロビーへ戻った。直ぐに課長の案内で、最上階の社長室へ上がり、またドアの前でしばらく待機した。やがて前の学生が出て、私の番となった。課長はドアの前までで、中は人事部長に受け継がれた。

直径6mほどの木製の楕円テーブルの上席に社長はすでに座っていた。人事部長は私と社長のほぼ中間に立った。女性秘書が社長に資料を開いている。私の履歴書や成績、面接の採点資料であろう。
社長の風貌はフランキー堺である。綺麗に抓み上げた御髪を6:4に分け、ポマードで固めている。髪型で云えば、河野一郎を思わせた。社長は資料から顔を上げて、どうぞと着席を促した。部長が座ったのを見届けて、後に着席した。社長がまじまじと私を見つめ、また手元の写真を見つめる。

「写真では長髪ですが、髪は如何しましたか」

当時私は肩までの長い髪をしていた。

即座に答えようとすると、部長に手で制され、「社長は、髪の毛を何うされたかと、お尋ねです」と云う。面妖な気持ちで、「社長にお会い致しますので、昨日床屋へ行き、切って参りました」と答える。部長は今度は社長に向かい、「社長にお会いするとのことで、昨日切って参ったとのことです」と伝える。

社長は一言「切ることはなかった」とほほ笑む。また部長がこちらへ向かい「切ることはなかったと仰せです」と云う。

社長よりまた「口ひげは如何しましたか」と問われる。再び部長がおうむ返しに私に同じご下問をする。「社長にお会いすると云うことで、失礼があってはいけないと考え、昨夜剃りました」と答える。また部長がおうむ返しに社長に言上する。

再び「剃ることはなかった」と莞爾とほほ笑む。また部長が「剃ることはなかったと、仰せです」と伝える。

5、6mの距離はあってもすべて筒抜け、どうも直答が許されないらしい。ここは宮中かと思いながら、吹き出しそうな思いを喉元できつく抑え、恙なくご下問に答えていった。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

関連するキーワード


ハットをかざして

最新の投稿


[2024年版]50代におすすめのリフトアップ美容液15選|たるみケアに使いたいプチプラ・デパコスを厳選

[2024年版]50代におすすめのリフトアップ美容液15選|たるみケアに使いたいプチプラ・デパコスを厳選

リフトアップ美容液は、たるみケアに着目した化粧品で、肌悩みが多くなる50代におすすめ。本記事では、50代向けのプチプラやデパコスのリフトアップ美容液15選をご紹介します。リフトアップ美容液の選び方にもついてもお伝えするので参考にしてくださいね。


[2024年版]50代おすすめ導入美容液12選|普段のスキンケアにプラスして肌悩み対策

[2024年版]50代おすすめ導入美容液12選|普段のスキンケアにプラスして肌悩み対策

50代におすすめの導入美容液12選をご紹介します。導入美容液はブースターとも呼ばれ、普段のスキンケアの最初に使うことで浸透をサポートしてくれるアイテム。肌への浸透がしづらくなるといわれる年齢を重ねた肌のケアにおすすめです。本記事では、導入美容液の選び方にもついてもお伝えするので参考にしてくださいね。


ぐらんざ2024年5月号プレゼント

ぐらんざ2024年5月号プレゼント

応募締め切り:2024年5月14日(火)




発行元:株式会社西日本新聞社 ※西日本新聞社の企業情報はこちら