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ハットをかざして 第119話 赤坂シナ研

ハットをかざして 第119話 赤坂シナ研

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


広告業界に内定したものの、やはり未練は映画界にあった。映画5社はどこも新規の募集をしておらず、何うしてもとなれば製作会社、つまりプロダクションを目指すしかなかった。

肺結核はまだ完治しておらず、製作会社で制作進行からやる体力は望めなかった。体に負担を掛けず、映画に関与するにはシナリオライターを目指すしか道はない。内定の広告会社では、久保田宣伝研究所のコピーライター養成講座を終えており、クリエイティブでの採用はほぼ約束されていた。
企業の商品の為に文章を書くのか、はたまた自分の描きたい人生を描くのか…と問われれば、「人生」を描いてみたかった。

月刊シナリオを見て、赤坂はTBSの裏手にあるシナリオ研究所の講座へ申し込んだ。俗に「シナ研」である。入学日、30人位の受講生がいた。この講座から数年前にジェームス三木が世に出ており、世間の注目を浴びていた。コピーライター養成所は若い学生で占められていたが、シナ研は上は60歳くらいから、30、40歳代の中堅どころも多く、私が一番若い方だった。皆、脱サラを目指しているように思えた。

1回目の記念授業に、吉田喜重監督がやって来た。白い外車、おぼろげだがムスタングだったかと覚えている。女優岡田茉莉子のご夫君で、色が白く蓬髪、京都広隆寺の弥勒菩薩のような端正なお顔立ちである。大島渚、篠田正浩と共に松竹のヌーベルバーグ監督の一人だった。彼が昨年世に問うた「エロス+虐殺」のWストーリー・シンクロ法について語っていた。内容は大正時代のアナーキスト大杉栄をめぐる、伊藤野枝他の四角関係と葉山日蔭茶屋事件が中心だった。東大時代、映画界に行く気はなかったが、友が松竹を受けると云うので、一緒に受けに行ったら自分が通ってしまった。うかったのは1000人中2、3人だったと、思い出話もしてくれた。14、5年前の映画界はおそるべしと恐れ入った。
入学時の見本脚本として、「七人の侍」(黒澤明監督、共同脚本橋本忍、小國英雄)と、「東京物語」(小津安二郎監督、共同脚本野田高梧)が渡された。シナリオとは簡素なもので、「場所とト書きと台詞」だけで出来ている。このホンからあれほどの作品を生み出すのだから、映画監督の頭脳は凄いものがある。

事務局の人が、この二本を二百字詰原稿用紙に、一言一句、改行もそのままで写してくださいと云う。ただ写すのではなく、場面、風景、景色、登場人物の風体、髪形、表情、仕草、動作をも想像して写してくださいと念を押す。

「シナリオの、何たるかが分かりますから」のアドバイスだった。
隣席の50歳半ばくらいの大先輩から声を掛けられた。

「学生さん…?」「ハイ」「何で来ようと思ったの…?」

「結核の治療中で、就職もままならないから、書く仕事にでも付ければと思いまして」
と嘘をついた。

「私は警察を定年してね…いろいろな事件を扱い、いろいろな人間を見てきたから、彼らを書いてみたいとおもってね」
と煙草のヤニで黄色くなった歯をニヤリと見せた。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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