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ハットをかざして 第123話 お涙頂戴

ハットをかざして 第123話 お涙頂戴

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


私はウエットな曲が好きだ。
「さくら貝の歌」(作詞・土屋花情)、倍賞千恵子さんがよく唄っていた。もっと古いのでは「あざみの歌」(作詞・横井弘)、あの「イヨマンテの夜」を唄った伊藤久雄である。いずれも作曲は八洲秀章、戦前戦後の作曲家である。抒情的で哀愁があり、今が報われていない人々の心を打つ。東京で一人暮らしをしていると、どこか厭世的な気分に陥り、故郷に帰りたくなる。母の割烹着の胸に突っ伏して泣きたくなる。
この年(1970年)、林静一がガロに「赤色エレジー」の連載を始めた。同棲している一郎と幸子の物語である。22歳の大学4年になっても、経験のない私にとって、一緒に居ても淋しい二人の生活さえ垂涎であり、憧れの青春だった。そばに愛する人が居ても、相寄り添っていても、体を交わしていても、どこか確固たるものはなく、砂上の楼閣で、別れがいつ来るかに怯えている。花吹雪の春に出会い、暑い夏に燃え上がり、秋の終わりに別れが来て、冬はまた一人せんべい布団に包まり呻いている。そんな辛い思いでもいいから、経験してみたかった。青春は一人では辛い、尾崎放哉ではないが「咳をしても一人」だ。されども二人でも寂しい。
「赤色エレジー」にはそのことがよく描かれていた。人間と云う生きものは欲張りなものだ。どうなっても、こうなっても、一つ布団に寝ていても寂しいものなのか…。
後にあがた森魚が作詞し作曲した。八洲の曲に似ており、作曲は八洲となっている。「さくら」「あざみ」「赤色」と私は無意識のうちに、八洲の曲想に反応していた。吉祥寺の「ぐゎらん堂」の壁に林の絵が貼られていた。林の大正ロマン風の絵に憧れた。同時期に飛ばした横尾忠則や、宇野亜喜良、灘本唯人、伊坂芳太郎より、林の絵は私の心に甘い切なさを宿してくれた。
林が神保町のギャラリーで個展を開くことを聞いた。中央線の快速に乗らず、わざと鈍行でお茶の水駅まで行き、駿河台を下った。アテネ・フランセのモダンな美しいベレー帽のお嬢さんたちは男を引き連れて青春を謳歌していた。
ギャラリーに着くと、さすが若手人気作家だけあって、多くの客であふれていた。中央に少し長髪の鼻梁の細いハンサムな男がいた。林静一である。ノーブルでエレガントで中性的である。現代の竹久夢二と呼ばれたが、確かに夢二の切なさと甘さがあった。上梓ほやほやの「林静一画集」を求める。彼の横に中年の女性がにこやかに立っていた。林の母上らしい、楚々とした美しい人だった。サインをしてもらい、言葉を交わした。幸子は誰かは分からないが、一郎はまさに林自身であった。林と私の歳はあまり変わらないように見えた。二十代前半でもう世に出た男が眼前に居た。画集を胸にまたよろよろと駿河台に引き返し蹌踉と坂を登った。
今まで、女性との事はなくも無かった。思い返せば、なぜあの時、もっと度胸を出さなかったのか…。決まって「意気地が、ないのね」と云われ、すべては終わっていった。
男次郎、「お涙頂戴、ありがとう」である。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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