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ハットをかざして 第143話 恋人はな子

ハットをかざして 第143話 恋人はな子

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


 まあそれにしても大学4年間、女性とのお付き合いが無いままだった。肺結核を治すことと、麻雀に明け暮れていた。週二回、病院でストレプトマイシンを射ってはその足で雀荘に向かった。団塊なんて云うのはまだ甘い方で、10年先輩たちは売血しては新宿2丁目に通っていたと聞く。それよりはまだまともだったかもしれないが、男の生き方は先輩たちの方が破滅的であこがれた。恋人を作るより、この四角い博奕場の修羅場が面白かった。

 ガールフレンド、恋人、いずれにしろ女子は鬱陶しい。まとわりつく、すぐ泣く、嫉妬する。人の読んでいる本を躊躇なく取り上げ作家を確認する。ダンパに連れて行きたがる。服装のチェックをする。映画の趣味が合わない。山下耕作や今村昌平や深作欣二やサム・ペキンパーを観たいとき、「ロミオとジュリエット」(オリヴィア・ハッセー主演)を持ってくる。仕方なく付き合うが面白くはない。

 売血の経験はない。主には20年先輩たちだろう。自分の血を売って空腹を満たす。タコが自分の手足を喰っているようなものだ。一度、経験してみたかった。肺結核で売血、蓬髪に青白き頬、時々、空咳をする。実に文学的なものを感じていた。オダサク(織田作之助)のように襖一面に喀血する。美しい血だったろう。少し生まれるのが遅かった。

 女子を知らないまま、22歳を迎えた。いつも書くが、未だ洞庭湖の周りを歩く遊子である。力は山抜き気は世を蓋うも、少年老い易く学ならず、婦女子も知らず輾転反側。ある日、新宿三越そばの運勢占い「新宿の母」に人生を占ってもらった。「君は晩年、天下を獲るよ」と云われた。見料は覚えていないが、学生にしては弾んだ気がする。(ただこの占いは69歳の今日まで当たっていない)

 そういえば心の恋人は一人いた。

 アパートから歩いて5分、井の頭恩賜公園の中に、井の頭自然文化園がある。本園は動物園である。三角お屋根のエントランスを入り、直進し、猿園の手前を右折すると象舎がある。はな子の館である。はな子は1946年か47年生まれで、私より2歳上のお姉さんである。私が1歳の時に、タイからのプレゼントで日本にやって来た。私が6歳の時に、井の頭動物園に居を移した。日本では有名な象で、上京して直ぐに会いに行った。この頃、はな子は芳紀二十歳、大学の帰りによく寄ってはベンチに座り長い時間を過ごした。目元の美しい、はにかんだ様な瞳をしていた。4年間で約80回は通ったろう。徹マン(徹夜マージャン)明け、主には大負けの朝、壁に孤独に話すよりはと愚痴を聞いてもらった。優しい瞳で頷いてくれた。学期末の試験明け、可なら落としてくれ、せめて良ならばとはな子にお願いをしていた。おかげで4年間、可はなく、すべて優と良で通過した。あと一ヵ月で卒業だ。会社は神田だから、このまま井の頭でもいいのだが、学生気分との訣別の為、引っ越そうとお別れにいった。

 1971年2月、冬の木枯らしの閉園前だった。彼女こそ私の心の恋人だった。(はな子は2年前の2016年5月に永眠した。卒業以来45年間、会いに行けなかった。)

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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