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ハットをかざして 第150話 同棲時代

ハットをかざして 第150話 同棲時代

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


 三月の寒い日、朝からミゾレが降っていた。前の下宿で一緒だった先輩が訪ねてきた。私は井の頭4丁目(三鷹市)の下宿に2年おり、この1丁目のアパートに引っ越して、もうすぐ2年が経とうとしていた。
 女性ご法度の下宿で、先輩は女性を連れ込み、小母さんから下宿を追い出されていた。久しぶりの再会だった。先輩は三年の終わりから学校へ行かず、1留していた。今は私と同学年である。
 「就職、いいとこに決まったじゃないか、羨ましいよ」
 「先輩は?」
 「卒論を出してない…また留年さ…。親も仕送りを止めると云ってきた…中退するしかない」インスタントのコーヒーを入れて、安物のマグカップで出した。
「へえ、インコ飼ってるんだ」
 「田舎の父が抱えてきて、生き物だから、しっかり飼えと置いて行ったんです。最初はつがいだったんですが、手乗りにしそこねて、1羽逃がしてしまいました」
 「おまえのオヤジさん面白いなぁ」
 「生き物を飼ってれば、生活が規則正しくなるとでも考えたんでしょう。籠のそうじ、水替え、粟の補充、キャベツを切って立てる、それを毎日やる。けっこう煩わしいものですよ」
 中々、先輩は訪ねてきた用を言い出さない。
 「ところで…」
 「うん、すまん、金を貸してほしいんだ、、」
 「いくら、ですか」
 「2万、いや1万5千円でいい…困ってるんだ」
 「何に要るんです?」
 「女が妊娠して、中絶の費用がないんだ。1万5千円ほど…かかる…。悩み続けて、二人で出した結論だ…」
 この頃の私の仕送りは3万5千円、家庭教師を3軒やっており、1万2千円、合わせて4万7千円で暮らしていた。今に換算すれば、20万円強だろう。学生にしては裕福だった。
 「女を外に待たせている」
 「え、なぜ早く言わないんです。こんなミゾレの日に…」
 慌ててドアを開けると、長い髪にツバ広の帽子を被った女が黒のロングコートに、赤いマフラーを巻き、黒のスエードのブーツ姿で寒さに震えていた。「お入んなさいよ」と云ったが、首を横に振る。顔を見られたくないようだ。
 私は彼女が可哀そうになり、部屋に戻り、サイドボードの抽斗から、2万円を取り出した。
 「これはお貸ししますが、悲しいことには使わないでください。お腹の子には、何の罪もないでしょう」
 「俺もう、東京に、疲れちゃったよ…」
 先輩は金を握ったまま、むせびだした。
 「男が泣かないで下さいよ。僕はあなたに憧れた時期もあったんですから」
 「なぁ、二人でいても、寂しいもんだなぁ・・・」
 「僕は一人ですよ、もっと寂しいですよ。生んでください。必ず、生んで下さい」
 よろよろと先輩は出て行った。私は井の頭公園駅に向かう二人の後ろ姿をずっと見つめていた。
 団塊の青春は、「同棲時代」でもあった。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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