本サイトはプロモーションが含まれています。

ハットをかざして 第157話 レッド・ツェッペリン

ハットをかざして 第157話 レッド・ツェッペリン

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


 まだコピーライターとは名ばかりで、デザイナー陣の下働きをしていた。地下の製版部に版下を運んだり、写植課に写真植字の紙焼きを取りに行ったりしていた。タイポグラフ(文字)にもブームがあり、当時はモリサワの書体が人気でとくに太明朝、中明朝の指定が多かった。ゴシック体の指定はほとんどなく、時々は教科書体やナール体などが指定されていた。そのまま原稿に使ったのではひらがなやカタカナで文字間にアンバランスな開きがあり、カッターナイフで文字の間の余白を切り貼りして詰めていく。門前の小僧でデザイナーの仕事を見ている間に徐々に要領を覚え、けっこう切り貼りの加勢をした。緻密を要する仕事で、カッターの切っ先で指を切らぬよう息を殺して作業していた。
 5年先輩の武蔵美出身のデザイナーから、「今度、武道館にレッド・ツェッペリンが来るから行かないか」と誘いを受けた。小学校時代はプレスリー、中学校時代はベンチャーズ、高校はビートルズ、大学でローリング・ストーンズ、この頃はツェッペリンに嵌っていた。チケットはもう2枚入手しており、日ごろのお礼におごるという。確か当時で2千円以上したと思う。今に換算して約1万円というチケットだ。
 1971年9月23日武道館、前座は頭脳警察だったか。いよいよツェッペリンの出番、ジョン・ポール・ジョーンズ、ジミー・ペイジ、ジョン・ボーナムと登場し、所定の位置についた。ボーカルのロバート・プラントが中々現れない。「移民の歌」のイントロが鳴り始めた。ロバートは下手から、4〜5mもある革のムチをビュンビュン振り回し、自らのライオン・ヘアーを逆立て、ステージをバンバンバシバシ叩きながら登場した。客は総立ちとなり、あげく椅子の上に立ち上がり、激しいクラップを叩き始めた。立たないと前が見えない。仕方なく先輩と私も椅子の上に昇った。今まで立つことはあっても、椅子の上に立つのは初めてだった。ロバートのシャウト、シャウト、魂の叫び、「アウト・オン・ザ・タイル」「ブラック・ドッグ」「天国の階段」、高い鮮烈な声、リードギターがうねり、ベースが深く厚くリードを支える。ボーナムのドラムも強く激しく、ドラムの皮を突き破るように強靭である。彼らはハード・ロックと分類されたが、マヘリア・ジャクソンのゴスペルを彷彿させる、情緒と哀しみのあるロックだった。
 興奮した身を、先輩は新宿2丁目のゲイバーへ連れて行ってくれた。花園神社の信号を渡った真向かいの角の店である。ゲイのママは女装ではなく、普通の恰好だったが、身のこなし、指使い、姿(しな)や流し目はまったく女性だった。この店で浴びるように飲み、酔いつぶれた。朝目覚めるとまだ6時くらいで、店のソファーで寝ており、テーブルの上に書置きと鍵が置いてあった。「鍵を閉めたら、郵便受けに入れといて」だった。先輩とママはどこに消えたのか…。
 あわてて新宿駅南口に走り、三鷹まで戻り、風呂のないアパートだから、お湯を沸かし、髪を洗い、髭を剃り、体を拭いて、下着を着替え、再び中央線で神田へと向かった。まだ体の中をツェッペリンの血のビートが奔っていた。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

関連するキーワード


ハットをかざして

最新の投稿


50代の女性におすすめのプチプラコスメ13選|手に取りやすい価格で満足できる化粧品を厳選紹介

50代の女性におすすめのプチプラコスメ13選|手に取りやすい価格で満足できる化粧品を厳選紹介

50代の女性におすすめのプチプラコスメを13選ご紹介します。プチプラコスメは手に取りやすい価格が魅力。気軽にお試しでき、これまでに使ったことのないブランドやカラーに挑戦できる点もうれしいですよね。本記事では、プチプライスで満足できる品を厳選。化粧品を選ぶ際の参考にしてくださいね。


[母の日ギフト]70代・80代のお母さんが喜ぶプレゼント12選!実用品・食べ物・カタログギフトなどから厳選

[母の日ギフト]70代・80代のお母さんが喜ぶプレゼント12選!実用品・食べ物・カタログギフトなどから厳選

お母さんに日頃の感謝の気持ちを伝える「母の日」。ありがとうとともに素敵なギフトを一緒に贈ってみませんか。本記事では、実用品や食べ物、カタログギフトなど、さまざまな品のなかからアイテムを厳選しました。70代・80代のお母さんが喜ぶ母の日ギフト12選ご紹介します。


[2024年版]喜ばれるお見舞い品の選び方&おすすめ商品15選|お菓子・フルーツ・飲み物・など

[2024年版]喜ばれるお見舞い品の選び方&おすすめ商品15選|お菓子・フルーツ・飲み物・など

大切な友人・知人、会社の先輩・同僚・部下が入院したと聞けば心配でお見舞いに駆け付けたいもの。そんな時に喜ばれるお見舞い品を、バリエーション豊かにご紹介!事前に相手の体調の状態やシチュエーションをリサーチし、ふさわしい手土産を準備しましょう。[2024年版]喜ばれるお見舞い品の選び方とおすすめ商品15選をお届けします。


[2024年版]引越し挨拶の粗品にぴったり!もらって嬉しいおすすめギフト10選

[2024年版]引越し挨拶の粗品にぴったり!もらって嬉しいおすすめギフト10選

引越しの段取りの中で忘れてはいけない、引越し先のご近所さんへのご挨拶。より快適な新生活を送るためには、ご近所さんとの良好な関係は不可欠です。「これからよろしくお願いします」という想いを込めて、気の利いた粗品で新生活を始めましょう![2024年版]引越し挨拶の粗品にぴったりのおすすめギフト10選をご紹介します。


女性への2万円のプレゼントおすすめ12選【アクセサリーから家電まで】多彩に紹介!

女性への2万円のプレゼントおすすめ12選【アクセサリーから家電まで】多彩に紹介!

ステキな女性に贈りたい!予算2万円で購入できる、上質かつ高級感あふれるおすすめ商品をご紹介します。2万円という決して安くない予算をかけるプレゼントは、相手が心から喜んでくれる品を選びたいもの。女性へのプレゼント選びは相手の好みやライフスタイルに大きく左右されるため、簡単なことではありません。ここでは、アクセサリーやファッションアイテム・家電・日用品など女性向けのおすすめアイテムを多様なジャンルからご紹介します。人気ブランドの商品や日本製の高品質な商品を厳選したので、プレゼント選びの参考にしてくださいね。


発行元:株式会社西日本新聞社 ※西日本新聞社の企業情報はこちら