交互出演で贈る、『新版 オグリ』
今や博多の冬の風物詩となった、博多座の二月歌舞伎。今冬の演目は、スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)『新版オグリ』。交互出演で主人公の小栗判官役をつとめるのは市川猿之助さんと中村隼人さん。『オグリ』という演目について猿之助さんに伺った。
「原作は平成3年に伯父の市川猿翁が作ったスーパー歌舞伎『オグリ』ですが、20年以上経っていて、博多座での上演もなかったので観たことがない方のほうが多いかと思います。この『オグリ』というのは、日本の非常に古い物語の形態“説教節”の一つ。英雄が一回苦しい目にあって、その苦しい体験を通じて蘇るという、日本の民衆に受け入れられてきた物語の一つの型ですね。今回、スーパー歌舞伎Ⅱとしてリニューアルし、新版という形で上演します」
小栗判官=オグリは公家の息子で武芸学問に通じ、さらに眉目秀麗な若者。しかし、自由に生きることを求める彼は公家の世界に収まりきらず、武家の世界で生きることになる。が、ここでも彼は収まりきらない。
「オグリはいわゆる不良グループを作るんですね。生きたいように生きて、喜びを求めて仲間と結成するんですけど、人様に迷惑をかけたことが仇となってこの世を去ってしまう。閻魔様から罰を下されますが、その罰というのが醜い姿で足も不自由に生まれ変わって、人から蔑まれ、いじめられ、社会の底辺で生きるというもの。それで、人の苦しみがわかり、自分の喜びだけを求める生き方は間違っていた、本当の喜びとは何かということを見つける哲学的な話。やっていて、非常に面白い役です」
市川猿翁さんがオグリを演じたときと比べ、今作ではオグリ率いる「小栗党」の描き方が変わっているそう。
「伯父はカリスマ性がある人だったので仲間同士ではなく、オグリとその弟子たちに見えました。それを今回、対等に物が言える仲間として描いています。だから僕は“オグリとその他”じゃなくて、群像劇にしたかった。今回、小栗党に抜擢した若手も、最初はどうなるかと思ったけど、東京での2ヶ月の公演を経て今や素晴らしい。演じていくうちにどんどん変わってきて、目がイキイキしてきて全く違う。博多座に来るまでに、もっと輝きが増すと思います」
猿之助さんと隼人さん、互いが演じるオグリの印象は?
隼人さんは「猿之助のお兄さんのオグリは、リーダーシップが取れる人、また考え方が違う人をも魅了する強さが出ていると思います。お兄さんのように演じたいと思い稽古をいつも近くで見ていましたが、アプローチの仕方は私はまだまだ未熟で。どう演じればいいのか自分なりに色々考えました」と語る。一方の猿之助さんは「隼人には、若さという時分の花があります。等身大のオグリ。そこが役の魅力となって、清々しいですね。歌舞伎の面白さの一つに、同じ演目を違う役者で見るというのがありますので、今回は正にそんな楽しみ方をしていただきたい。味付けもテイストも、違います」とにっこり。
スーパー歌舞伎Ⅱは古典へのリスペクト
スーパー歌舞伎Ⅱと言えば、あっと驚く斬新な演出も大きな魅力。今回は映像を使った演出も。
「前作で伯父は、今でいうプロジェクションマッピングのように映像を使った演出をしたかったそうなのですが、当時はまだそんな技術がなかった。それが20数年経ってようやく伯父のやりたかったことに現実が追いついたということですね」
また、前作から続く特徴として、鏡を舞台上に置いた演出がある。そうすることで、実際の役者の姿と鏡に映る姿で、夢か現か幻想的な世界が創り上げられる。一方、役者としては、後ろ姿もすべて観客に見えてしまう難しさも。隼人さんは「後ろ姿に役が出ると言われてきたので、普段から意識していましたが、今回は本当に全部写っているので(笑)。猿之助のお兄さんの『鏡があることによって空間が埋まる。でも、広い空間であることは変わりないから、芝居でそれを埋めなければいけない』という言葉がすごく残っていて、どうしなければいけないか考えながら演じています」と真剣な眼差し。
続けて猿之助さんは、今回の大きな見せ場である宙乗りについても話してくれた。
「客席左右の頭上を馬に乗って同時に飛ぶ。これは、博多座の舞台機構だからこそ出来る演出ですね。でも実はこういうスペクタルな演出がある、スーパー歌舞伎Ⅱをやることによって、逆に『古典の方が新しい』とみんなに感じてもらいたいという思いがあります。だから僕はやり続けたいです」
さらに隼人さんも猿之助さんの思いに言葉を重ねる。
「同じスーパー歌舞伎Ⅱでも、『ワンピース』のときは、『またスーパー歌舞伎を観たい』というお客様が多かったんですけど、『オグリ』では、『今度は古典を観たい』と言ってくださる方が増えた。最近新作が増えている中で、古典に興味を持ってくれているとすごく感じていて。僕らがやっていることは古典へのリスペクトでもあるんです」
「幸せとは何か」胸に問いかける物語
新時代に生まれ変わった『オグリ』。原作者である哲学者の梅原猛氏は、新版の上演を前にこの世を去る。
「新版という形を了解くださって間もなく亡くなられました。先生には、『歌舞伎界で梅原猛を生かし続けてくれ』とずっと言われてきました。今となっては遺言のようになってしまいましたが、ここから僕らの仕事が始まった気がします。この芝居は、“幸せとは何か”っていうテーマなんですよ。本人が幸せだったら、それでいいのかということを問いたい。本当に今の生き方でいいのかということを問いかけているので、そういうことを感じながら観ていただきたいですね」
山﨑智子=文
text:Tomoko Yamasaki