「冨ちゃんラーメン」
福岡市早良区飯倉4-1-38
午前11時半~午後9時 火曜定休
ラーメン630円、替え玉100円
豚骨ラーメンが生活のすぐそばにある。「冨ちゃんラーメン」に来るとそう実感する。カウンターの一人客がいれば、テーブルを囲む家族がいる。彼ら彼女らに特別なものを食べているという意識は多分ない。おいしそうにすすり、時に替え玉をする。店名の「ちゃん」が示すような、親しみやすい日常の一杯がそこにある。
「私自身がラーメン好きだから」
店主の中冨創さん(53)はそう話す。きっかけとなった店は、小学生の時に友人に連れられていった「ふくちゃんラーメン」。1975年に百道で創業した「ちゃん系ラーメン」の源流の一つで、今は田隈で営業する人気店である。
真剣な表情の中冨創さん
はまって以来、ずっと通ってきた。中学生時代はあまりのおいしさに替え玉を9回したことも。「店の壁に記録が張り出されていました」と笑う。高校生になっても、卒業しても、結婚しても、変わらずに食べ続けた。
と、ここまではラーメン好きの青年の話だが、人生は思いもよらない展開をみせるものだ。転機は書店で働いていた27歳の頃。いつものように大好きな一杯を食べていると、ふくちゃんの先代、榊順伸さん(故人)から声をかけられた。
「兄ちゃん、手伝ってくれんね」
榊さんの妻の体調が悪くなり、人手が必要という。仕事に行き詰まっていた中冨さんは心動かされた。「どうせやるならいずれは独立したい」。ただ、カウンターのこちら側と向こう側は全く違った。
厨房の榊さんは多くを語るタイプではなかった。見よう見まねでスープ作り、湯切りを覚えた。目指したのは勿論「子どもの頃食べたあの味」だった。
2年の修業をへて、平成9年に福岡・樋井川に店を構える。決して良い場所とは言えないが、ファンの胃袋をつかんだ。ボクが初めて訪れたのは開店して4年後くらい。既に人気で、昔からあるかのような雰囲気を醸し出していた。平成27年には、借りていた駐車場の立ち退きを迫られ、現在の場所に移っている。たった5年なのに、もう新天地になじんでいるのも凄い。
ただ、現状に満足しているわけではない。頭骨のみを使い、古いスープに新しいものを継ぎ足していく。師匠から学んだ作り方を貫く。それでも、骨の出し入れのタイミングや火加減など微妙なところでスープが大きく変わる。今でも「あの味」には到達できておらず、「今日より明日。少しでもおいしいものをつくりたいから、辞められない」。
最後にラーメンをつくってもらった。カウンターの〝向こう側〟に行くと中冨さんの表情は変わる。羽釜に泳がせた麺を笊ですくい、鍋の縁に打ち付ける。カンカンっと小気味良い音を立てながら湯を切った。
見た目は王道の豚骨。一口すすると豚骨だしのうま味がグイっと来て切れも良い。歯ごたえある細麺とも合う。そして何より丼が大きく、スープがたっぷり。「替え玉ありきですから」と中冨さん。つられるように替え玉も頼んだ。
特別ではないけれど、確かなおいしさがある。そして腹も満たされる。やはり生活のそばにあってこその豚骨ラーメンなのだ。
替え玉を平らげ、「ごちそうさま」と告げると、中冨さんはラーメン好きの顔に戻っていた。
文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社くらし文化部。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。