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世は万華鏡26・我が青春の「ふくちゃんラーメン」

世は万華鏡26・我が青春の「ふくちゃんラーメン」


我が青春の「ふくちゃんラーメン」

テレビ草創期、NHKの人気ドラマに「事件記者」があった。警視庁詰め記者たちのスクープ合戦を描いたドラマで、中学生だった私もハマっていた。

「東京日報」事件記者のキャップに永井智雄、敏腕の「イナちゃん」こと伊那記者を二枚目の滝田裕介がカッコよく演じていた。

昭和47年、西日本新聞記者に採用され、編集局に見習い配属された私は、事件記者が所属する社会部にやはり「イナちゃん」と呼ばれる記者がいるのを知った。

こちらの「イナちゃん」も滝田裕介に負けず劣らずのシャレ男でパイプを粋にくゆらせ、鋭い嗅覚と突撃精神で皆から一目置かれていた。後に社会部長、編集局長になった稲積謙次郎氏である。

やがて長崎総局から社会部に異動した私は福岡西署(現在は早良署)で念願の事件記者になった。27歳。記者室で他社の記者と花札や囲碁をしながら、事件事故が起こると「そりゃ来た!」と飛び出していく。

「娘が風呂で死んでます」。110番が入ったのは朝の7時ごろ。現場は西署管内の住宅街。宿直の先輩記者から電話でたたき起こされた私は独身寮からその家に急いだ。

「コロシですか?」。玄関から出てきた顔見知りの刑事に探りを入れると、いつもと反応が違う。事件特有の緊張感がないのだ。

「事故やね。仕事で明け方に帰ってきて風呂に入り、そのまま寝込んでしまって意識を失くしたごたるね」「エエッ!それで遺体は?」「ガスを点けたままやったけん皮膚が溶けてしもうて、湯ぶねは豚骨スープ状態たい」

当時、西署の目と鼻の先に「ふくちゃん」というラーメン屋があった。独り者だから昼はもちろん、夜もほぼ毎日がこの店。湯気の中には無愛想を絵に描いたような主人が立っていた。

おまけにタバコをくわえて麺の湯切りをする、そばにはビールのジョッキ。タバコの灰が丼に落ちたらどげんするとや、ビール飲みながら仕事すんな、と腹の中で何度毒づいたことか。それでも通い続けたのは、主人榊順伸さんのホントは優しい心根と、芸術品にさえ思える絶妙の味わいに魅かれたからだった。

その「ふくちゃん」が8月、創業40周年を迎えた。榊さんは鬼籍に入り、息子の伸一郎さん(41)が福岡歯科大学の近くでのれんを守る。

豚骨スープをすするたびに蘇るあの事故、この事件。「ふくちゃん」の40年に、色褪せた我が取材ノートを重ね合わせながらお祝いの言葉を贈る。

(ジャーナリスト。元西日本新聞記者)



馬場周一郎=文
幸尾螢水=イラスト

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