金沢彷徨
五木寛之の「風に吹かれて」(読売新聞社・刊)を読んでいたら、急に能登へ行きたくなった。
冒頭の写真で彼が腕枕で寝そべっているのは金沢の浅野川河畔であろう。
ザックに旅行セットを詰め込み、時刻表で汽車を選ぶ。夜行急行「北陸」、上越線から北陸本線へ、一直線に金沢へ向かう汽車である。四人用のボックスに私一人だった。
途中、越後湯沢駅を通る。駅のすぐそばからスキー場のような雪の町である。
この温泉町に本当に「駒子」は居たのだろうか。川端康成の全くの虚構か。
岸惠子の角巻の姿が思い出される。
眩いばかりの夜の白い底を見つめながら、ポケット瓶の安ウイスキーを胃の腑に流し込む。
通路を挟さんだ横のボックス席に若い女性三人組が居た。
二十代半ばくらいだろうか。もちろん、正視はしない。窓ガラスに映る他愛もないはしゃぎようを見ていただけである。
リーダーらしき池玲子に似た女が声を掛けてきた。
「どちらまでですか…」
「金沢です」
「一人旅ですか…」
「はい」
「観光ですか…」
「いや、ただ浅野川を見に…」
「ご一緒にどうですか」
「あ、いや、皆さん楽しそう ですから…」
もう一人がリーダーの袖を引いた。
ワンカップの日本酒と竹輪が差入れられた。
私は車窓の暗い闇を見つめている。遠くに人家の灯りがポツリ、ポツリと流れ去っていく。
直江津を過ぎる。日本海に出る。日本海の波が闇の中に白く牙をむく。
すでにハイライトを一箱吸いきっていた。
ザックから次の箱を出す。強く低い波の音が虎落笛のように耳に迫る。
ふと東京は嘘の街だなと脈絡のない事を思う。
トイレに立つと、洗面所でさっきの池玲子が体を丸く折り曲げて苦しそうに吐いていた。
吐瀉物が流しの溝に詰まり、女は吐ききれないのか呻いている。
顔色は青ざめ、今にも座り込みそうである。私は女の背をさすりながら、吐瀉物に手を入れ、流し口に詰まった汚物を少しづつ潰し、水で流し続けた。
飲み屋の子だから、お客の吐瀉物を貝杓子で掬いとり掃除するのは、私の小学校時代からの仕事だった。
なんで衝動的に手づかみでいったのか、差入れへのお礼もあったが、声を掛けてくれたこと自体を恩に思っていた。すべて流し終え、うがいをさせて席へ戻した。
翌朝、「北陸」は金沢駅に着いた。
降りようとすると、女三人が深々と頭を下げ、昨夜の礼を言う。
名前と住所を訊かれたが、「良い旅を」とザックを掴んで別れを告げた。
目指す浅野川べりへ行き、天神橋から、主計町をしばし逍遥する。医王山が見える。
北陸の風は冷たい。ここに来れば、何か書けるのではないか。
風に吹かれながらコンクリートの土手に座り込んでいた。
中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)