就職も決まり、卒論も出し、単位もほぼ取れた。吉祥寺ばかりに燻っていても仕方がない。久しぶりに新宿へ行く。東口を出て歌舞伎町へと歩く。アベックの少ない町だ。男同士が多い。T大やK大のハイカラー、膝までガクランの応援団諸兄が列をなして闊歩している。道端によける。
コマ劇場を過ぎて、区役所通り手前の狭い路地を右に入る。右にある木製の階段を登る。ここが「かくれんぼ」というBARだ。日活をやめた鈴木清順監督の奥さんが経営している。カウンターだけのお店で、最も奥の端っこに座る。映画関係者の多い店と聞いている。やはり日活組が多いという。長身の軍鶏のような眼をした頬骨の張った男が、私の2席左に連れの男と二人で座っている。真ん中には少しでっぷりとした60歳代の男が、若く美しい和装の女性と陣取っている。男は俳優の柳永二郎と三島雅夫を混ぜたようなお顔立ちだ。夫婦ではないと読む。
心の中で、「秋山清に似ている…」と呟く、たしか「小倉の人だった…」とも思う。
団塊にとって、金子光春、吉本隆明、田村隆一、秋山は憧れの存在である。二人連れなので、あまりジロジロとは見られない。歳の差のある二人だ。お上さんではないと思うが、まるで女房のように気を使っている。時々、この女性と目が合う。周囲の視線を気にしている。
秋山らしき人物のしもぶくれの白い頬を見る。彼はずっと正面を向いて飲んでいる。女性が一方的に話しかけるだけで、億劫そうに「うん」とか、「ああ」とか気のない返事をしている。私もカウンターの正面を見つめる。まだ清順監督の奥様は来ていない。若いお手伝いの女性が物憂げにたばこを吸っている。この年に文学界新人賞候補になった鈴木いづみと云う作家の卵に似ている。目の周りの化粧が濃い、ま、別人だろう。
カウンターに置いてある店のトランプを借りて、カード占いをする。ジョーカーを外して、ダイヤ、ハート、スペード、クラブをすべて使う。最もカンタンな占いで、四枚づつ順に並べてタテ、ヨコ、斜めに同じ数字が来ればその二枚をただ外していく。すべて取れれば占いは当たる。52枚中、残りが10枚以下なら、ほぼ当たりと見ていい。
「秋山清かどうか」を占う。
カウンターの上に順次カードを並べていく。不思議なほどに、よく取れる。1組が取れると、連鎖して他も取れる。時々、横の40歳代の二人がこちらに目をやるのがわかる。なんと、すべて取れてしまった。軍鶏の連れの男が「ほう」と声を上げた。彼は蓬髪で太宰治の顔を少しふっくらとさせたお顔だった。私はハイボールを二杯飲んで勘定をした。出かけに意を決して、秋山らしき人物にご挨拶をした。
「秋山先生でしょうか…」
着物の女性がすぐに「秋山です」と気取った声で代わりに答えた。「象の詩が好きです」と続けると、秋山先生はこちらを向いて莞爾とほほ笑んだ。「ありがとうございます」とまた女性が代わりに答えた。
秋山先生はほほ笑むだけで一言も発しなかった。
中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)