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長谷川法世のはかた宣言37・坊っちゃんの兄

長谷川法世のはかた宣言37・坊っちゃんの兄


小説坊っちゃんの兄は「実業家になるとかいって頻りに英語を勉強していた」(9ページ)。そして「何とか会社の九州の支店に口があって行かなければならん」(13ページ)という。

あれれ、実業家・英語・九州は、中津出身福沢諭吉さんのキーワードじゃん。諭吉さんが仕えた中津藩は譜代大名だった。幕府にとっては九州支店だ。日本人に言論の自由をすすめた福沢先生は文明開化の大恩人。わが川上音二郎も慶応義塾の塾僕としてご厄介になった。それが坊っちゃんと何か?

坊っちゃんの父(幕府の象徴とも)が死に「兄(明治政府とも)は…先祖代々の瓦楽多がらくたを二束三文*1に売」(13ページ) り、資産処分の上坊っちゃんに600円*2くれた。それで生きていけ、というので坊っちゃんは「牛乳配達をしても食ってられると覚悟した」(13ページ)。

坊っちゃんは、江戸っ子勝海舟かつかいしゅう*3や、父・勝小吉こきち*4さんそっくりだ。海舟さんは最後の将軍・徳川慶喜に尽くした。慶喜さんは晩年、パンと牛乳を好んだ*5。「牛乳配達」は、元将軍のお世話をする意味ではなかろうか。

海舟さんと諭吉さんはともに咸臨丸かんりんまるで渡米した。海舟さんは艦長、諭吉さんは軍艦奉行の従者。ソリが合わなかったという。諭吉さんに「瘠我慢やせがまんの説」がある。戦わずして幕府を潰した勝海舟と、箱館で最後まで官軍と戦った榎本武揚えのものとたけあきが、維新後は明治政府になぜ仕えたか。痩せ我慢でも旧敵・維新政府の禄を食まないのが筋ではないか、という説だ。

明治24年11月に諭吉さんはこれを書いた。公開は考えず、旧幕臣木村芥舟きむらかいしゅう*6と栗本鋤雲くりもとじょうん*7だけに見せた。翌年2月、諭吉さんは海舟さんと榎本さんに郵送し、二人から返書*8がきた。

その後なぜか伝本が流布したので、正確な原本を公開することにした。二人の返書もあわせて時事新報じじしんぽう*9に連載し、本*10も刊行した。書いて10年後だ。榎本さんは存命だが、海舟さんは2年前に他界。諭吉さんも連載中に没した。諭吉さんがいなくては、死んだ海舟さんはもちろん、存命中の榎本さんも反論できない。

坊っちゃんは将棋で「待ち駒」(9ページ)をした兄と喧嘩する。人に見せないといいながら結局は公表した瘠我慢の説を、江戸っ子漱石さんは待ち駒と考えたのではないだろうか。

漱石さんは神経衰弱の療法として、小説を薦められたそうだ。「坊ちゃん」で心の中を洗いざらい書いて自己解放したのならば、漱石さん、士農工商意識や地方への蔑視もここで克服したかもしれない。反対に、自己認識してのち開きなおって自己肯定したかもしれない。

■ページはすべて岩波文庫版「坊っちゃん」
*1二束三文…徳川の終焉・価値観の転換を表すか。
*2600円…金禄公債(きんろくこうさい)・秩禄公債(ちつろくこうさい)のことか。どちらも士族への生涯給金を廃止し一時金として支給した債権。
*3勝海舟…「氷川清話(ひかわせいわ)」「海舟座談」講談社学術文庫・岩波文庫。特に岩波版の江戸弁。勝は西郷隆盛と幕末戦争の前に坂本龍馬の紹介で知り合う。西南戦争(10年)の後、西郷の名誉回復をはかり明治憲法発布(22年)の大赦で回復。上野の銅像建設(31年)にも尽力したという。
*4勝小吉…大傑作遺言書「夢酔独言(むすいどくげん)」があり、無鉄砲な坊っちゃんのモデルとも。
*5パンと牛乳…Wikipedia「徳川慶喜」
*6木村芥舟…1860年渡米の咸臨丸軍艦奉行。諭吉は芥舟に頼み従者として咸臨丸に乗船。維新後明治政府の任官要請を断って隠居した芥舟を諭吉は終生支えた。
*7栗本鋤雲…江戸生まれの幕末の開明派幕臣。奥詰医師出身、箱館奉行組頭として樺太千島を調査。駐仏公使として渡仏中、幕府瓦解で帰国。のち郵便報知新聞主筆。
*8返書…榎本「昨今別して多忙に付きいずれ其のうち愚見申し述ぶべく候」(改文法)。勝「行蔵(こうぞう)は我に存す、毀誉(きよ)は他人の主張、我に与らず(あずからず)我に関せずと存じ候」(部分。青空文庫「瘠せ我慢の説」)
*9時事新報…明治14年の政変翌年、福沢諭吉創刊の日刊紙。当時の新聞が政府・政党の機関紙・系列化していた中で「独立不羈(どくりつふき)」の立場を掲げ明治中期の最有力紙となった。
*10本…「明治10年丁丑公論(ていちゅうこうろん)・瘠我慢の説」(明治34年5月2日発行)。丁丑公論は西南戦争直後に書いて未公開だった西郷隆盛擁護の文。24年後他界直前の公開。序文で時事新報主筆の石川幹明(水戸出身)が公開経緯を書いている。
〇注記は各種辞書などを参考

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