プロ野球界では「引退できるのは幸せ」と言われます。大方の選手は本人の意思とは関係なく、球団からの戦力外通告で幕を下ろされます。幕引きを自ら決める「引退」は、実績を残したからこその名誉なのです。
もっとも、そんな〝定説〟に反発する男もいます。「俺が何であのホームランを打てたと思う?」と、ダイエー時代のホークスで活躍したカズ山本さん。42歳だった99年に移籍先の近鉄でユニホームを脱ぎ、そのまた数年後に取材した時のことです。当時はマスターズリーグの福岡ドンタクズに参戦中。ある試合で豪快な一発を放ちました。で、打てた理由は。「俺が引退してないからやっ!」

福岡ドンタクズの稲尾監督(前列右から2人目)と選手たち=2002年10月
引退してない? 驚く私に熱い口調でこう続けました。
「引退するって『もう参りました』ってことやんか。マスターズリーグには引退した人たちがいっぱいおるやろ。降参した人たちに、降参してない俺が負けるわけがない」
たしかにリーグの中心は、引退できた元名選手たち。かたやご本人の〝終幕〟は戦力外ですが「あなたは要りませんというのは、球団の判断だから仕方ない。でも、こっちは参りましたと思ってない」ときっぱり。その独特の持論にプライドや気骨を感じたものです。
とはいえ…
1994年のシーズン最終盤のことです。ダイエー・根本陸夫監督と遠征先のホテルの部屋で談笑していると、電話がかかってきました。別室で通話を終えた根本さんは「○○ズの××からだった。戦力外になったそうだ。よく頑張った。故郷に帰って親孝行せえとねぎらった」と明かします。しんみりとした空気が部屋を包みました。
ところが、物寂しさも最初だけでした。10分もするとまた電話。しばらくすると、またまた電話。またまたまた、またまたまたまたと、いろんな球団の選手ばかりかコーチからも「今季限りで」との報告がくるのです。「あいつとは、あいさつ程度しか話したことないんだけどな」と首をかしげるような、面識が薄い選手からもかかってきました。
面倒見の良さでも知られた球界の寝業師。電話には『この人なら、どこかの球団につないでくれるかも』という、すがる思いが秘められているのです。
10月のプロ野球界はクライマックスシリーズ、日本シリーズ、そしてドラフト会議と華やかさを増します。その影で一斉に行われる戦力外通告。自身の終演をどう受け止めるか―。戦う者や来る者の裏側で、そんな去る者のドラマも繰り広げられています。秋は熱く、切ない季節なのです。

文 富永博嗣
西日本新聞社で30数年間、スポーツ報道に携わる。ホークスなどプロ野球球団のほか様々な競技を取材。2023年3月に定年を迎え、現在は脳活新聞編集長。