博多の博の字を不思議と思われた方はいないだろうか。博という漢字は、「十+(プラス)専」だけれど「専」に「、」がついている。そんな文字は存在しない。さて、これはどうしたことだろうか。
古い話になるが、拙著『博多っ子純情』の単行本には、初版の2巻まで※1、博の字に「、」をつけていなかった。
本誌での何作かまでは、わたしが書いたタイトル文字が使われていて、それに「、」を書いていなかったのだった。何回目かからほかの人がタイトル文字を書くことになり、わたしの文字を参考にしたので、そのまま「、」を書かなかった。だれも気づかずに2巻まで発行したところで、新潟の中学生から博多では博の字に点をつけないのか、という投書があって出版社もわたしも大慌てしたのだった。
小さいころの記憶では、父親宛の郵便や、宣伝関係の書き文字などに「、」のない博の字を見て育ったような気がする。数年前まで「、」のない博多人形の大きな金文字を窓ガラスに書いた人形屋さんもあった。山笠の古典的名著『博多祇園山笠史談※2』にも「、」はない。
最近、はじめて漢和辞典で「博」をひいてみた。目からうろこだった。博の旧字体※3は「十+(プラス)甫※4+(プラス)寸」ではないか。
甫+(プラス)寸で「フ」とよむそうだ。それならば「、」がついていてもおかしくはない。旧字体から新字体に変更するとき、漢字の審議委員のあいだで「、」を入れるかどうか激しい議論があったのではないだろうか。点があるなしで、「甫+(プラス)寸」か「専」かに分かれ、専では原義が失われてしまう。それで「専+(プラス)、」というありえない形の採用になったのかもしれない。
「博多」の意味は、ふつう土地が広「博」で人や物が「多」く集まることによる地名といわれている。漢和辞典※5の「博」の説明でも、❶ひろい(ひろし)㋐ゆきわたっている。㋑広く通じている。(該博)㋒おおきい。㋓おおい(多)、ということでなるほどと思う。
また、❷※6、❸※7、❹える(得)。「博二巨利一(キョリをハクす)」は、利を多く得ることを願う商人の町として納得がいくものの、❺すごろく・囲碁・ばくちの類い。また、それをすること。「賭博(トバク)」❻かける(賭(ト))、となるとハイリスクハイリターンの危なっかしい経営方針を想像してしまう。西中島橋にあるモニュメント、仙厓さんの「博多図並びに賛※8」の「豈爰(あにここ)に博奕(ばくえき)の小人(しょうじん)多からんや」の意味もなるほどとおもえてくるではないか。
※1)初版の2巻まで…第1巻1977年5月発行。第2巻同年8月発行(連載22回まで掲載)。毎回のサブタイトルの脇にも博多っ子純情を付けているが「、」はありません。
※2)博多祇園山笠史談…博多祇園山笠振興会初代会長落石栄吉著・1961年刊。
※3)旧字体…1949年当用漢字字体表の制定以前に正式とされていた字体。澤・學など。
※4)甫…唐の詩人杜甫の甫。
※5)漢和辞典…大習館書店「新漢語林第二版」掲示の行書草書には「、」がない。
※6)ひろめる。ひろまる。
※7)ひろさ。はば。
※8)博多図並びに賛…西中島橋中央の両側に同じものがある。西中島橋と枡形門の図に、警句が添えられている。「博(、がない)多図並賛 博愛の君子固より多し/博物の豪傑亦た多し/故に云う博多と/豈爰に博奕の小人多からんや」
長谷川法世=絵・文
illustration/text:Hohsei Hasegawa
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