
「麺屋玄」
北九州市小倉北区江南町7-1
午前10時45分〜午後3時半(15分前L.O.) 日曜定休、不定休あり
ラーメン(味噌、塩、しょうゆ)900円
中学生の頃だろうか。札幌に行った際、「純連」で味噌(みそ)ラーメンを食べた。ラーメンといえば、豚骨のみだった時代に濃厚で熱々のスープは本当にうまかった。
北九州市にある「麺屋玄」の店主、中川雄一さん(39)も私と似た経験をしたという。27歳の頃、札幌の「麺屋彩未」で、味噌ラーメンを食べ、同じように感動したそうだ。

「小倉も豚骨の地。『普通のラーメンないんか』と最初は言われたこともあります」と中川雄一さん
少し説明を加えると、昭和39年、村中明子さんが創業したのが「純連」(最初は「すみれ」今は「じゅんれん」と読む)。平成元年に村中さんの息子が「すみれ」を出し、両店の流れにある店は「純すみ系」として全国に広がっている。彩未もその一つ。すみれで修業した奥雅彦さんが平成12年にオープンした。
彩未のラーメンを食べた中川さんは感動するだけの私とは違った。福岡に戻るとすぐに店に電話をかけ、「修業させてください」と直訴したのだ。
当時は地元の小倉で働くサラリーマン。しかし、体調面からやりたい仕事との折り合いが付かずに退職を決めていた。そこで出合った彩未の一杯は「むちゃくちゃうまくてレンゲが止まらない。気付くとスープがなくなっていました」
電話口では「今は募集していない」と門前払いを受けた。それでも諦めずに手紙をしたためた。
再度連絡すると、師匠となる奥雅彦さんと話すことができた。仕事のこと、生まれたばかりの子どもと妻を連れて行くことなどを伝えた。師匠は「おいでよ」と言ってくれた。
見よう見まねで技を盗んだ。閉店後はスープの残りを飲ませてもらい、休みの日は客として一杯を食べた。仕事にはとにかく厳しい。でも「早く自分の店を持ちたい」との思いで踏ん張れた。
中川さんの話を聞いていると、師匠を尊敬していることが伝わってくる。平成26年夏、オープンの日には札幌から駆けつけ、「おいしかった」と言ってくれた。「お世辞かもしれないけどうれしかった」と振り返る。
味噌ラーメンを注文すると、中川さんは熱した中華鍋に具材を入れた。スープの上澄みを垂らすと一気に炎が上がる。強火で手早くつくった一杯には、香ばしさが閉じ込められている。熱々なのでゆっくりとしか口に運べない。だけれど、スープのうまみとコクはぐいぐいと伝わってくる。福岡で食べる甘めの味噌ラーメンとは違う現地伝来の味は、私自身の中学時代の感動を呼び起こす。ちなみに麺は札幌・森住製麺謹製。コシ、歯ごたえがある縮れ麺はやはり合う。
師匠に学んだことの一つが、修業には終わりがない、そして〝おいしい〟にも終わりがないということ。スタート時は彩未と同じだったが、「師匠も変えるので」と味噌の種類も変更した。いろいろな材料も試しては使っている。
27歳の頃に感動した味。それを受け継ぎ、さらなる高みを目指して日々厨房(ちゅうぼう)に立つ。師匠は今でも定期的に札幌から来てくれ、そのたびに「おいしい」と言ってくれる。まだ、お世辞が含まれているかもしれない。でも、着実に、確実に、おいしさは増していると自負している。

文・写真小川祥平
1977年生まれ。くらし文化部 次長。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。「CROSS FM URBAN DUSK」内で月1回ラーメンと音楽を語っている。ツイッターは@figment2K