これからも「正義」の話に挑んでいこう
10年以上前に脳梗塞で長期入院生活を送った。入院、そしてリハビリ生活を送っている時にNHKのテレビ番組でハーバード大学の人気講座を取り上げた「ハーバード白熱教室」を知った。
大勢の学生を前にマイケル・サンデル教授が様々なテーマをもとに議論するドキュメンタリー番組だった。熱心に視聴するうちに、サンデル教授の講座名を知り実は驚いた。「Justice(正義)」だったからだ。幸いなことに大学を卒業してから新聞社内で、定年まで記者一筋で生きることができたのだが、いまだからこそ告白するが「正義」という言葉が長く苦手だった。
体がくすぐったくなり、笑いたくなっていたのである。この言葉が意味する道徳的な正しさを馬鹿にしているわけではない。自分なりに深層心理を分析すると「私のような人間が口にする言葉か?」という思いが、身体におかしな反応を起こしてしまっていたのだろう。
だが、サンデル教授の講座を見ているうちに正義という言葉を真面目に考えるようになった。それまでの人生で何か起きても条件反射的、脊髄反射的に生きてきたが少しだけ何事も考えて行動する「哲学的な生活」を大切にするようになった。正義という言葉を口にしても、照れ臭くなることも笑わなくもなった。
現実に番組で有名になった思考実験「制御不能になったトロッコ問題」に近い事態に遭遇したこともある。歩道で倒れていたお年寄りの女性を介護し、仕事上約束した時間に間に合わなくなった。サンデル教授の講義の場で「ユウキ(私の名前)、君はどうする」と聞かれてもキチンと対応し、その心理を説明できる場面を想像したほどだ。
つい最近もNHKで日本、米国、中国の学生を相手に議論をする番組をやっていた。3カ国の学生さんの意見を拝聴し、還暦をすぎたというのにあらためて常に考えることを続けなければと感じた。これからも「正義」に挑んでいこうとサンデル先生の本を再読してみた。
近著「実力も運のうち能力主義は正義か?」(早川書房刊)には「能力主義」が生む弊害について書かれている。読後感は、やや極論に近いが「エリートは謙虚になれ!」とサンデル教授は訴え、なぜ米国にトランプ大統領が誕生したのかを解説している。脳梗塞の後遺症でもある認知症に一歩一歩近づいている私の脳に正義について考える哲学は筋トレ代わりになっている。
文・写真 岡ちゃん
元西日本新聞記者。スポーツ取材などを経験し、現在ブログやユーチューブなどに趣味や遊びを投稿し人生をエンジョイするぐらんざ世代。