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長谷川法世のはかた宣言50・宗湛日記

長谷川法世のはかた宣言50・宗湛日記


博多三商傑の一人神屋宗湛 ※1に「宗湛日記」乾坤の二巻があって、乾の巻に博多町割のようすが書いてある。翻刻文 ※2を素人なりに読みやすくしてみよう。

丁亥六月三日(関白秀吉様が)薩摩より御還りなされ、筑前国筥崎宮に御陣なされ候によりて、(宗湛は)同七日の昼、松浦唐津より参上 ※3、箱崎に着いて、八日に関白様にお目みえつかまつり候也。宗及老御取合

一 同十日に 関白様博多の焼け跡を御覧になられるとて社頭の前よりフスタという南蛮船に召され博多に御着き候。御船に乗り候者はハテル(伴天連、パードレ、宣教師)両人、宗湛、そのほか小姓衆也。
博多の浜で御進物をさし上げるとそのうちの銀子一枚ばかり召上げられ候。そのほかの物は博多に下され候也

同十一日より博多町の指図を書き付けられて十二日よりの町割也。博多町割奉行衆は、瀧川三郎兵衛どの・長束大蔵どの・山崎志摩どの・小西摂州、この五人なり。下奉行三十人有り

丁亥は天正15年(1587)。秀吉は20万ともいわれる兵力で九州入りし、薩摩島津氏を平定して北上、6月3日箱崎に着陣。宗湛は唐津より参上し、津田宗及のとりなしで秀吉にお目見え。
天王寺屋津田宗及は堺の豪商茶人で、千利休・今井宗久とともに三大宗匠といわれる。

宗湛は前年天正14年に上洛、博多の宗伝とともに宗及を尋ねた。それから大徳寺の古渓和尚のもとで得度し、上方の茶人と交わった。当時は僧籍を得ないと商人の身分では茶会に武家や貴族と同席できなかった。

翌15年正月、宗湛は秀吉の大阪城大茶会によばれ、登城するとき門外で宗及から利休を紹介された。茶会で宗湛は秀吉に大歓待を受けた。

さて、10日、関白秀吉は博多の焼け跡を見るため筥崎宮社頭より南蛮船「フスタ※4」に乗って博多へ着いた。同船は宣教師二人と宗湛、小姓衆だけ。博多の浜で進物を献上すると、秀吉は銀子一枚だけを受け取り、ほかは博多にもどした。
11日より指図を書いて12日から町割開始。博多町割奉行衆は滝川雄利※5・長束正家※6・山崎片家※7・小西行長※8、と4人をあげて、この5人※9と書いている。下奉行は30人。

フスタに乗った秀吉の小姓衆は何人だったろう。警固の和船はあったろうが、もし暗殺者がひとりでもフスタ船内にいたら。5年前の本能寺の変を考えるとちょっと無用心に思える。また、秀吉軍には宗及や利休が同行したが、このときどこにいただろう。博多商人宗湛のみフスタに同船を許され、天下の堺商人の思いは複雑だったかも。

次回は宣教師ルイス・フロイスの「日本史」に書かれた博多町割だ。

*1)神屋宗湛…1552〜1635。生れは53年とも。銀の精錬術を移入、石見銀山を経営した神屋三代目寿貞の孫。通称善四郎、得度して宗湛。東アジア交易で成功。名護屋陣営・福岡城建築に貢献。博多大阪間に銀座の便を開き、肥前より蝋絞りの術を入れ、博多そうめん・博多織・博多綱苧創始。度量衡の新規活用に尽力。(「神屋宗湛略伝」神屋宗湛居士三百五十年忌記念・神屋二郎/神屋庄二郎・S59。「博多郷土史辞典」井上精三より)

*2)翻刻文…「宗湛茶湯日記」西日本文化協会S59

*3)唐津より参上…戦国武将たちは貿易基地博多を狙って争った。博多商人は戦火を避けて各所に避難、宗湛は唐津に避難していた。

*4)フスタ…小型武装船

*5)滝川雄利…通称三郎兵衛。織田信雄・秀吉・家康ほかに仕えた。雄利の雄は信雄の偏諱授与。秀吉家臣の時期は羽柴下総守と称された。

*6)長束正家…官職が大蔵大輔(おおくらたいほ)。丹羽長秀ついで秀吉に仕え五奉行の一人となる。関ヶ原で破れ自刃

*7)山崎片家…妻は明智光秀の娘。信長・光秀・秀吉などに仕える。娘が加藤清正の正室といわれる。

*8)小西行長…摂津守。堺豪商立佐(りゅうさ)の子。肥後半国24万石領主。キリシタン大名。文禄の役に先鋒。関ヶ原で敗れ刑死

*9)五人…町割奉行のあと一人は石田三成、黒田孝高、神屋宗湛の各説がある。また小西行長に「どの」が書かれていないことも興味を引く

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