「月天」
北九州市小倉北区田町18-9
午前11時~午後7時(売り切れ終了)、日曜定休
ラーメン580円、ラーメン+焼きめしセット1,080円
「げってんはった」。わが息子がまだ幼い頃の話。言うことを聞かずに、泣きじゃくる姿を見て、(僕の)両親はそう言った。げってん? 聞けば、両親の出身地である北九州地域の方言で、「癇癪を起こす」の意味らしい。この時、僕の頭の中には一つのラーメン店が思い浮かんでいた。北九州市小倉北区の「月天(げってん)」である。
小倉中心街のちょっとはずれに店はある。香ばしい匂いが漂ってくるから、近づけば分かるはずだ。店内に入ると、中原直美さんがテキパキとホールを仕切る。厨房で寡黙に鍋を振るのは泰博さん(55)。匂いの元は彼がつくる焼きめしなのだ。
この2人、夫婦にも見えるが、実は姉弟だという。直美さんは「私たちの関係を推測するひそひそ話が聞こえてくるんです」。予想はほぼ2通り。直美さんが家の娘で泰博さんは婿養子。もしくは、泰博さんが主人で直美さんは気の強い嫁。いずれも〝はずれ〟だが、直美さんの存在感がすごいのは間違いない。「そんな話を聞くのも、この仕事の楽しみなんです」と笑い飛ばす。
月天の外観。中原さん姉弟は写真NG。
気になる方はお店に。
創業は昭和45年、両親の静男さん、良恵さんで始めた。もともと静男さんは戸畑区に住むサラリーマン。ところが体調を崩して長期入院を強いられ、良恵さんが商売をすることになったのだ。戸畑のラーメン店で修業した。小倉で創業したのは「いい物件があったから」。場所は変わったが、チャンポンには今も戸畑独特の蒸し麺を使っている。
良恵さんが学んだ味は、復帰した静男さんに伝わった。妻は「接客上手なおかみ」、夫は「頑固おやじ」タイプ。2人の組み合わせも良かったのか、すぐに繁盛した。幼い姉弟には、朝から夜まで働き詰めの両親の姿が目に焼き付いている。
「楽をしてほしい」と代替わりしたのは20年ほど前。以来、スープづくりや製麺は泰博さんの仕事になった。基本は変えずに、自分なりに調整してきた。仕込みは毎朝6時から。でも泰博さんは「マイペースでできるから自分に合っている」と話す。
取材中、ほとんどの客はラーメンと焼きめしのセットを頼んでいた。僕もまねた。まずはラーメンから。スープはあっさり。豚骨がメーンだが、鶏だしの風味が立つ。北九州にしては細目の麺は歯ごたえがある。そして熱々の焼きめし。脂をまとった米一粒一粒がぐいぐいと旨みを伝えてくる。ラーメン、焼きめし、ラーメン…と交互に口に運ぶ。あっさりスープなので、くどさを感じることなく一気に平らげた。
「げってん」は北九州だけでなく、大分県北でも使われ、「頑固者」といった意味もあるらしい。屋号を決めたのは中津出身の静男さんだ。
「父は頑固で人付き合いもあまりしない。それは僕が受け継いでいるのかも。姉は母と似て社交的ですね」と泰博さん。一方の直美さんは「弟がいなかったら商売は成り立たない」と感謝する。全く違うタイプだけれど、姉弟の仲の良さが伝わってくる。「両親が忙しかった子どもの頃、2人でずっと一緒にいたからかな」と直美さんは話してくれた。
「頑固おやじ」と「接客上手なおかみ」―。両親から継承したのは味、屋号だけではない。これからも受け継いだものを姉弟で守り抜くのだろう。
文・写真小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社出版担当デスク。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。「CROSS FM URBAN DUSK」内で月1回ラーメンと音楽を語っている。ツイッターは@figment2K